「悪いことをした人になんで弁護なんかするのか?」 -このような疑問は,一般の方が自然に抱く疑問です。メディアなどでも犯人であると決め付けた報道がなされることがあるため,ますます疑問がふくらむかもしれません。

  しかし,本当に彼は「悪いこと」をしたのでしょうか? それは刑罰に値する「悪いこと」なのでしょうか? もしそうだとして,「悪いことをした人」は何も言わずに黙ってお上の言うことだけを聞かなければならないのでしょうか? 「悪いことをした人」が拘束されてしまったら,誰が謝ったり,弁償したりするのでしょうか? 「悪いことをした人」に反省や立ち直りの機会を与える必要はないのでしょうか?

  日本の憲法や刑事訴訟法は,「疑わしきは被告人の利益に」の原則,「無罪の推定」の原則を採用しており,これは刑事裁判における鉄則とされています。つまり,捜査段階の被疑者も,公判段階の被告人も,いまだ犯罪者と確定されたわけではなく,法律に基づいて有罪とされるまでは,無罪と推定される権利を有するのです。被害者と加害者の立場がいつ逆転するか分からない不安定な世の中にあって,自分は決して犯罪の疑いをかけられることはないと断定できる人が誰かいるでしょうか。そうすると,この「無罪の推定」の原則は,すべての国民に関係するきわめて重大な問題であるということになります。

  刑罰は,国家が一般市民の財産や身体的自由を奪い,ときには生命までをも合法的に奪うことができるきわめて重大な処分です。だからこそ,被疑者・被告人の言い分をきちんと聞いた上で,適正な証拠に基づいて,判断されるまでは,無罪が推定されるのです。

  「10人の真犯人を逃がしても,1人の無実の者を罰してはならない」という格言があります。「1人の無実の者」を罰しないためにこそ,適正な捜査を見守り,適正な公判を遂行するうえで,刑事弁護人は必要なのです。多大なる捜査員と強制捜査権と捜査資金を有する捜査機関に一般市民である被疑者・被告人がそう簡単に立ち向かえるでしょうか。

  このコラムを通じて,刑事事件とは何か,刑事弁護とはどんな活動をするのか,刑事弁護人がなぜ必要なのかをご理解いただければ幸いです。